あなた方の敵を愛し…なさい。
<経験>
カナダに移住したアジア人女性。移住先で差別を経験し,幻滅を感じていたその女性は,エホバの証人と出会い,聖書を学び始めた。後に,それらの証人たちに感謝の手紙を書いた。
『本当に親切でいい白人だと思いました。ほかの白人とは本当に違うということに気づいたとき,なぜだろうと思いました。その理由について考えに考えた結果,あなたたちが神の証人であり,聖書には何かがあるに違いないと思いました。
大勢の同志が死んでゆくのを目にして,ホセは苦々しさや復しゅう心に満ちるようになりました。手りゅう弾を作りながら,『なぜこんなに苦しみがあるのか。神がいるなら,これに気づいてさえいないのだろうか』と考えたものでした。頭が混乱し,意気消沈して幾度も涙を流しました。
ホセはやがて土地のエホバの証人の会衆と接触を持つようになりました。初めて出席した集会で,その場の愛に満ちた雰囲気にすぐ気づきました。皆が温かく,親しみ深く歓迎してくれました。その後,「なぜ神は悪を許しておられるのか」というテーマの討議を通して,まさに自分の抱いていた疑問の答えを見つけました。
やがて,聖書の知識が深まり,ホセは生き方や考え方を変えました。次の点を理解するようになったのです。「愛さない者は死のうちにとどまっています。すべて……憎む者は人殺しです。そして,人殺しはだれも自分のうちに永遠の命をとどめていません。」(ヨハネ第一3:14,15)
しかし,テロリスト仲間との関係を絶つのは簡単ではありませんでした。エホバの証人の王国会館に行くたびに,跡をつけられました。以前の仲間の中には,何がホセをそれほど変化させたのかを知ろうと,何度か集会に出席した人たちもいました。ホセが裏切り者でも危険な存在でもないことを得心すると,干渉しなくなりました。
ホセは17歳でエホバの証人としてバプテスマを受け,間もなく全時間の宣教に携わるようになりました。人を殺そうとするようなことはやめ,今では,人々に愛と希望の音信を伝えています。
ドイツのエホバの証人マンフレートは,ただエホバの証人であるというだけの理由で,共産主義政権下の刑務所に6年間も入れられていた。
迫害した人々に対して憎しみや復しゅう心を抱いたことがあるか?
「いいえ。不正を行なったり不正な行為に報復したりすることは……悪循環を生み,次々に新たな不正を生むことになる」と説明した。(ドイツのザールブリュッカー・ツァイトゥング紙)
1998年6月,米国テキサス州の田舎で3人の白人男性が黒人男性ジェームズ・バード・ジュニアを襲い,人里離れた寂しい場所へ連れて行きました。そして,バードをなぐり,両足をまとめて鎖でつなぎ,小型トラックに結びつけ,バードの体が暗渠にぶつかるまで5`も道路上を引きずり回したのです。この事件は,1990年代で最もおぞましい憎悪犯罪と呼ばれています。
ジェームズ・バードの3人の姉妹はエホバの証人です。この恐ろしい犯罪を犯した加害者たちについて,どう感じているでしょうか。共同発表したコメントの中で3人はこう語っています。
「愛する肉親がひどく痛めつけられ,リンチを受けて殺されたので,言葉に言い表わせない喪失感と苦痛を味わっています。普通なら,そうした残忍な行為にどう反応するでしょうか。私たちは,仕返しすることや,憎しみを口にすることや,憎しみにまかせて何かを言い回るようなことは一度も考えませんでした。
『イエスならどうされただろう。どう反応されただろう』と考えたのです。答えは非常にはっきりしていました。イエスは平和と希望に関するメッセージを語られたはずです」。
(ローマ 12:17‐19) …だれに対しても,悪に悪を返してはなりません。すべての人の前に良いものを備えなさい。できるなら,あなた方に関するかぎり,すべての人に対して平和を求めなさい。わたしの愛する者たち,自分で復しゅうをしてはなりません。むしろ神の憤りに道を譲りなさい。こう書いてあるからです。「復しゅうはわたしのもの,わたしが返報する,とエホバは言われる」。
3人はこうも語っています。「わたしたちの出版物の現実的な言葉が思い起こされます。それは,あまりにもおぞましい不正や犯罪の場合,『許します』と言って忘れ去るのはなかなか難しい,ということです。
そういった場合,許すとは,自分の人生を歩んでゆけるよう,また恨みを抱いて体や精神の病気にならないよう,恨みの気持ちを閉め出すという意味かもしれません」。(塔00 8/15 P5)
近年,幾千幾万もの移民が職を求めてギリシャにやって来ています。しかし,景気の悪化により働き口が減り,就職競争が激化しています。その結果,さまざまな民族グループの間に強い敵意が見られます。典型的な例は,アルバニア系移民とブルガリア系移民の間の対立です。ギリシャの多くの地域で,両者間の激しい争いが生じてきました。
ペロポネソス北東部のキアトという町で,あるブルガリア人家族とアルバニア人男性がエホバの証人と聖書を学びはじめ,互いに知り合うようになりました。聖書の原則を当てはめることにより,それら二つの民族グループの多くの人が抱いているような敵対意識が徐々に消えてゆきました。
その上,この人たちは,兄弟のような真の友情を育みました。ブルガリア人のイーバンは,自分の家の隣にアルバニア人のルーリスが住む場所を見つけるのを手伝うことさえしました。両家族は,食物やわずかな所有物を分け合うことも珍しくありません。
イーバンもルーリスも今ではバプテスマを受けたエホバの証人であり,助け合いながら良いたよりの伝道を行なっています。言うまでもなく,このクリスチャンの友情関係には近所の人々も注目しています。(塔008/15 P6)
(洞‐2 P397〜、塔927/15 P9〜、塔00 8/15 P3〜、目97 9/8 P3〜、目018/8 P4〜、塔95 6/15 P3〜、目01 8/8 P9〜、これらの記事を参照あるいは引用させていただきました_(_^_)_)